ジーンとする話

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引用元:【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

396: 素敵な旦那様 2006/05/28(日) 08:01:21
158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/30(火) 19:50:44
私の友人の婚約者の話です。
彼は幼い頃に母親を亡くし、父親と祖母と暮らしていました。
彼が17歳の時に、急性骨髄性白血病にかかってしまい、本人すら死を覚悟していまし
たが、骨髄移植のドナーが運良く見つかり、死のふちから生還しました。
そのときに1人でも多くの人を助けることができたらと医者になることを決意し、1年半の
入院生活のブランクを取り戻すかのごとく猛勉強の末に某国立医科大学を卒業、インターンを
経て無事彼が骨髄移植を受けた病院に就職することができました。
その病院で私の友人、彼女もまた医師をしていますが、彼女と出会い、付き合いの末に晴れて
婚約をしました。
彼の祖母が先日亡くなったので、しばらく沈んでいたようですが、日々忙しく働く中で、徐々に
持ち直していたようです。

そんなある日、1人の救急患者が運ばれて来ました。
50代後半くらいの女性で交通事故に遭い意識不明の重態だったので、至急家族に連絡が必要だったのですが、身分証明を所持しておりませんでした。
首にかかっていたペンダントが俗に言う、「ロケット」タイプだったらしく、手がかりになればと開けてみたところ、なんと幼い頃の彼の写真が。彼はすぐに父親と連絡を取り、その旨を話すと父親もすぐに病院に駆けつけました。

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つきあってた男にふられた時、後輩と2人でやけ酒飲んで、そのまま後輩の家へ

思い出に残る食事
引用元:http://www.2ch.net/

14: かなちゃん、おめでとう 2000/03/06(月) 01:49
つきあってた男にふられた時、後輩と2人でやけ酒飲んで、そのまま後輩の家へ。
わめいていたからのど乾いちゃって、冷蔵庫開けたら、飲み物って牛乳しか入ってないの。

「先輩、ミルクおいしいですよ」と彼女が言って、お鍋であっためてくれた。
彼女は気を使ってくれて「北海道のミルクはおいしかったなあ」とか
「子供の時は熱だしたら、いつもホットミルクでしたよ」とか、
どうでもいいことを饒舌におしゃべり。
私はそれを聞いているうちになんだか悲しくなって、とうとう声あげて泣いちゃった。

そしたら彼女が「なんか悪いこと言いました?」って取り乱しておろおろしちゃって‥。
それがおかしくって結局2人で大笑いしてしまった。

彼女が春に結婚するって聞いて、思い出した話です。
どこかに書きたくてここに書かせてもらいました。
今夜は、ホットミルクを飲んで寝ることにしましょう。

ホントはパパ欲しいんだよ。でもね、ママが悲しむから言わないの~

見てしまった!!すごい修羅場6
引用元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/company/1020102340/

771: 02/05/17 18:27 ID:varHnsZD
私の子供は3才で、昨年入園式でした。
私と一緒に行ったのですが、ほとんどの方がお父さんも連れてたんですね。
主人は、子供がうまれる1ヶ月前に事故で亡くなりました。
子供にとってた、父親がいないのが普通だと思ってたのでしょうね。
説明はしてたのですが・・・
入園式が終わって、早速友達が出来たウチの子は、その友達に
「○○ちゃんの、パパは?」とか、
「パパいないんだ~!」って笑われてて・・・
でもウチの子は
「ママがいるもん。パパいらない!」
って怒りながら言って、私の所に来て「帰る~」と抱き着いて来ました。
家に帰って、おやつをあげてる時に
「○○(子供の名前呼んで)、今日は偉かったね~。じっとしてたね~」
ってほめたら、首を降って
「でも、お友達に怒ったよ。ホントはパパ欲しいんだよ。でもね、ママが悲しむから言わないの~」
って大声で泣き出してしまいました。

知らないうちに我慢させてたのかって、自分を責めて泣いてしまいました。


18年間のごめんなさい、ありがとう を全部語った

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

210: 素敵な旦那様 2006/04/02(日) 07:47:56
1 大学への名無しさん sage 2006/03/30(木) 03:34:19 ID:P7eT5Edh0
俺のかーちゃん、俺が高3に上がったときに
いきなり倒れて入院した。

検査をして入院が決まったが
俺は内容を詳しくきかされなかった。
夏頃から受験勉強もあって
かーちゃんに会いにいく時間も取れなくなっていった。

2 大学への名無しさん sage 2006/03/30(木) 03:35:20 ID:P7eT5Edh0
俺は決して頭が良くはなかった。かーちゃんは立教大学出身
俺は小さい頃良く「かーちゃんと同じ大学にいく」と言ったものだ。
実際に受験となると、ハードルは高かったけれど
立教を目指してがんばった。
冬になり、かーちゃんは次第に痩せていった。
飯も食わなくなり、俺の手を良く握るようになった。
かーちゃんは俺に色々話をさせた
学校 進路 夢
思えば何であのとき気がつかなかったんだろう…

涙が…ちょヤバ…
最後の模試の結果が出た。
努力の甲斐か、立教大B判定が出た。
俺からすれば奇跡に近い判定
おれは帰りに病院に行き結果を見せた。
俺「かーちゃん、おれ立教大いくよ。判定もホラ」
得意げに模試を見せた
かーちゃん「がんばってるのね
タケシ(仮)が後輩になってくれたらかーちゃん嬉しいよ」
その日もかーちゃんは俺にたくさん話をさせた
俺の手を握りながら…楽しそうに

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その猫は私の保護者みたいにいつもさりげなーく側にいた

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

248: 素敵な旦那様 2006/04/11(火) 07:15:12
私は小さい頃、両親が共働きで春休みや夏休みは、ばあちゃんの家に
一人で預けられてた。で、ばあちゃんの家には年取った猫がいて、
はじめてその猫に会った時に、猫にばあちゃんが
「○○ちゃん(私の事です)のかあちゃんになってあげな」と言ったよ。
そしたらその猫は私の保護者みたいにいつもさりげなーく側にいたよ。

寝る時も一緒。夜中に起きたらいないけど(猫の集会にでも行ってたのか)
朝起きる時は一晩中ずっと側にいました、と言う顔で横で寝てた。
一度、早起きしてたら猫が急いで部屋に戻ってきて、起きてる私に気づいて
「しまった!」と言う顔をして、その後ショボーンとしておかしかった。
猫なりに私の保護者にならなくちゃ、いつも一緒にいなくちゃ、と
一生懸命だったのかも。

249: 素敵な旦那様 2006/04/11(火) 10:30:07
  ∧∧
Σ(,,゚Д゚) <起きてる!

ケーキ屋の小父さん

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

161: 素敵な旦那様 2006/03/26(日) 10:58:21
中学生の頃、親と喧嘩し、自転車に乗って家を飛び出した。
60km余り離れた叔母の家に行こうと思い立ち、道が判らないので、線路
伝いの道を走った。が、川を渡る時に大きく迂回しなければならず、そこで
方向すら判らなくなってしまった。時間は夜8時を回り、人通りも少なく
なっていた。
閉店しようとしているケーキ屋を見付け、そこの小父さんに道を尋ねた。
小父さんは、目的地を告げると、「え~!そりゃあ自転車じゃ無理やで~」と
言い、「お金出したげる。自転車も預かっといたげるから、電車にしとき」
とまで言ってくれた。元はと言えば、自分の我侭で親と喧嘩した事が発端
だったので、見ず知らずの人のそんな厚意に甘えるわけには行かなかった。
自転車で行く意志が堅い事を見て取り、小父さんは「ちょっと待ってな」と
シャッターを開けて店の奥に引っ込み、やがて戻ってくると、小さな紙袋
を差し出した。「これを食べながら行きや」
開けると、中は甘い匂いのするクッキーだった。

その日、そのクッキーを頬張りながら、3時間走り、なんとか叔母の家に
辿り着く事が出来た。翌日、自宅に帰ったのだが、親から大目玉を食らった
事は言うまでも無い。

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その日の朝まで父のいた部屋。たった一人で、生活していた部屋

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

71: 素敵な旦那様 2006/03/11(土) 06:14:49
676 :おさかなくわえた名無しさん :2006/03/07(火) 21:59:16 ID:m2VX1oOv
私がまだ赤ん坊の頃両親が離婚して、私は父親にひきとられた。
頭がきれて、努力家で、皮肉屋。無口な父が小さい頃から苦手だった。
その後父は再婚して継母ができたわけだが、彼女ともあわず20歳前に家を出た。
その後父も単身赴任でよその県に一人で住むことになり、ますます距離は遠のいた。
そんな父の、突然の危篤の知らせ。
週末から風邪をこじらせていて、かなり具合が悪かったのにも関わらず月曜日、
無理して出社。あげくどうしても具合が悪い為、会社から病院に一人で行く途中、倒れた。
急いで新幹線に飛び乗り病院に行ったあと、父のアパートに行ってみた。
その日の朝まで父のいた部屋。たった一人で、生活していた部屋。

色々な料理の本(料理は好きだった)。
袋に入ったままの新しいワイシャツ。
お鍋に入ったビーフシチュー・・
そのビーフシチューを見たとき、まるで水が流れるように涙がぼろぼろ流れてきた。
悲しいとか、どうしてとか、なにか思うより先に涙がこぼれてきて、一瞬驚いたくらい。
具合が悪かったのに・・。こんこん咳をしながら、一人で野菜を切ったり、味見をしたりしている
父の姿が目に浮かんできて、父が作ったシチューは腐りもせずまだここにあるのに、
作った父はいない。

結局それから2ヶ月くらいして、意識不明のまま父は亡くなったけど、後にも先にもこんな風に
泣いたことは未だない。

母のレシピ

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

175: 素敵な旦那様 2006/03/27(月) 16:16:35
すこし前、おふくろが死んだ。
俺とおふくろは仲が悪いわけではなかったが、おふくろが病弱な妹の世話に
いつも追われていたため、なんとなく打ち解けない感じで育った。
おふくろが亡くなった時、寂しいというか妙な喪失感でかなり落ち込んでいた。
昨日もちょっとしたことでおふくろを思い出して落ち込んでいたら、
「ちょっとこれ味見して」と妻が伊達巻を持ってきた。
食ってみたら、いつもの妻の味と違う。
なつかしい、おふくろの味。おふくろの大得意だった伊達巻の味だ。
おふくろは結婚前から入退院を繰り返していたから、妻がおふくろに料理を
教わる暇などなかったはずだ。
一度花見に行ったときにおふくろの弁当を食べたけれど、一度食べたくらいで
こんなにも再現できるものだろうか。
不思議に思っていたら、妻が一冊の古いノートを差し出しながら言った。
「お母さんが亡くなるちょっと前に、私にレシピノートをくださったのよ。
子供のころ偏食だったあなたのために、お母さんが一生懸命作られたそうよ。
『偏食癖が出てきたら使ってね』って下さったけど、もしかしたらこれで
元気が出るかもと思って。」
ノートには「○○(俺)のレシピ」と書かれていた。
中には、野菜入りのハンバーグ、ふわふわの甘いオムレツなど俺の好物の作り方が
おふくろらしい小さな丁寧な字でいっぱい書いてあった。
ああこれ好きだったなあ、これは病気のときよく作ってくれたっけ。
妹ばかり可愛がって、俺のことはかまってくれないと思っていたけど、
おふくろはちゃんと俺のことを思っていてくれたんだなあ。
そう思うと泣けて泣けて仕方なかった。
まだ悲しいことは悲しいけど、なんとなく昨日までとは違う気がする。
ちょっとだけ元気が出た。

私の父は男手一つで私を育ててくれました

【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/

134: 素敵な旦那様 2006/03/22(水) 21:32:38
私の父が男手一つで私を育ててくれました。
母の居ない私に父は、寂しい思いをさせまいと必死だったと思います。
いろいろと体の違いや考え方の違いもありますし、男の父が女の私を1人で育てるのにはかなり苦労したようです。
当時、私の父は貿易会社に勤めており出張を繰り返す日々でした。
その為、家に帰ってくるのはいつも遅く、私が寝てから帰宅というのがほとんどでした。
でも、私の誕生日には、毎年大きなケーキと大きなぬいぐるみを持って早く帰ってきてくれました。
二人だけの誕生日会。それはとても質素な誕生日会でしたが私には本当に暖かく、かけがえのないものでした。
なので毎年その日が待ち遠しく、私は誕生日までの日にちを数えたりしていました。

私が小学校に通っていた頃、授業参観がありました。
低学年の頃は、父に私の学校での生活を見て貰いたくて、ずっと来るようにお願いしていましたが仕事の都合で一度も来て貰えませんでした。
高学年になると、父の仕事の事情もわかり、わがままを言って父を困らせてはいけないと参観日や学校行事の話をしなくなりました。
そんな中、授業参観の日にクラスの子は、親が来ると恥ずかしいのか母親などに「絶対に来ないでっていったのに!」「どうしてきたの?」など言っていました。
私はそんなことを言えるクラスメイトが羨ましかった。
父がもし来てくれたら私もそんなこと言うのかなと考えたりしました。
そんなことを考えるたびに父の仕事を恨みました。

小学校六年生の時でした。
その年の誕生日。父は早く帰って来ませんでした。
私は父の帰宅を我慢することが出来ず寝てしまいました。
翌日、枕のそばに大きなぬいぐるみがありテーブルの上には大きなケーキがありましたが、
肝心の誕生日会をしていないということで朝から私は父とケンカをしました。
ケンカといっても一方的に私が怒っているだけ。私は本当に心ないことをたくさん言いました。
「参観日にも来られないなんてお父さんは親の資格なんてない!」「お父さんは本当は私の事が嫌いなんでしょ!?」
父は言い返しもせずにただだまって聞いているだけでした。その事に無性に腹が立ちました。
そのころ家事などを父と私で分担していたのですが、怒りにまかせて数日間全て放棄してしまいました。

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娘がよく右手を見つめながら「お手手がじんじん。お手手がじんじん。」って言うようになりました

【コピペでも】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ2【オリでも】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1130500556/

953: 素敵な旦那様 2006/02/23(木) 09:58:52
二年前の春、夫が交通事故でまだ幼稚園の娘と私を残して逝っちゃいました。
あまりに突然のことで、その頃のことはあまり覚えていません。
夫を失ったショックとこれからの生活への不安で精神的にまいってしまい、
家族の助けをかりて何とかやっていける日々が続きました。
まだ小さい娘にもあまり気が回らなくなり、自己嫌悪の毎日。
でも娘は寂しそうな素振りも見せず、きっとまだ小さいから父親が死んでし
まった事を理解できてないんだと思いました。

そんな生活が半年ほど続いた頃でしょうか、娘がよく右手を見つめながら、
「お手手がじんじん。お手手がじんじん。」って言うようになりました。
「お手手痛いのっ?」って聞くと「お手手痛かったのー」って。
あんまり頻繁に言うものだから心配になって病院に連れて行ったのですが、
特に異常も無く、精神的なものかもしれないと不安になりました。

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