ジーンとする話

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保育園に迎えに来てくれていた父

【コピペでも】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ【オリでも】
引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1100174799/

670: 素敵な旦那様 2005/07/10(日) 17:10:12
子供の頃の記憶。

小さいころ共働きだった為、私は保育園に通っていました。
今は結構遅くまで預かってくれますが、20年以上前の話ですから
3時ぐらいからお迎えが始まり、そこから一人減り、二人減りと減っていき
4時ぐらいには当然保育園に園児はいなくなりました。
私を除いては・・・(それもかなりの頻度、私だけ30分以上)。
そういう状況なので、先生も一人だけ私のために残っています。
反抗期も重なっていた私は子供心にもそれがかなり悔しかったらしく、
父親が迎えに来ると(多分、車のエンジン音や気配で・・)まず保育園内で隠れんぼ、
先生に見つかっても
『お父さんに会いたくない。』
『帰りたくない。』
と父を困らせていました。

現在、同じように保育園に子供を迎えに行っている俺。
7時までに行けば大丈夫なのに、それでも遅れる俺。
でもうちの子は
『おとーさぁーん。』
ときちんと逆お迎えしてくれる。
『今日、・・・した。』
『家に帰ったら一緒に遊ぼうね。』
と話しかけてくれる。それに幸せを感じる度、あの時の寂しそうな父親の顔とそれに同情する先生を思い出すことが多くなった。


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車を運転するみなさん、交通事故など絶対におこさないでください

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799: 素敵な旦那様 2005/08/31(水) 06:18:24
交通安全週間のある日、母から二枚のプリントを渡されました。
そのプリントは、交通事故についての注意などが書いてあり、
その中には実際にあった話が書いてありました。
それは交通事故で加害者の立場で亡くなった人の家族の話でした。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学二年生、
下の子が五歳の男の子の兄弟です。

この人たちは、事故の補償などで家もなくなり、
土地もなくなり、住む家もやっとのことで四畳半のせまい所に
住めるようになりました。
お母さんは朝6時30分から夜の11時まで働く毎日です。

そんな日が続くある日、三人でお父さんのいる天国に行くことを考えて
しまっていました。
(以下、プリントから)

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プロ選手になるという夢に向かって親子で取り組んだ。そんな息子が中学生での最後の試合を終えた夜…

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770: 37歳馬鹿親父 2005/08/10(水) 18:20:48
俺、ガキのころか野球選手になるのが夢で野球漬けの生活を送ってた
一応甲子園にも出て名門大学までいったが結局ケガのためプロまではいけなかった
その夢を一人息子に託した 息子がもの心つくころからボールを握らせバットを振らせた
親ばかながら生まれつき身体能力の高い息子はめきめき上達し小学生のときには
リトルリーグで5年生からエースで4番、中学になってもシニアリーグでチームを
引っ張る中心選手として活躍した、当然といえば当然だった土日はチームの練習、平日は
小学2年の時からチチローも真っ青の3時間に及ぶマンツーマンでの厳しい練習
息子にとって友達と遊ぶ時間など皆無の生活だった、それでも文句ひとつ言わず
プロ選手になるという夢に向かって親子で取り組んだ

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妹がくれた苺

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604: ◆5YL0chcRQI 2005/07/01(金) 21:40:03
俺には歳が六つ離れた妹がいた。
俺は小学校の頃からずっと体育5とかで元気だけが取り柄みたいな子供だったんだが、妹はちょっと体が弱くて少し体調を崩すと何日も熱で寝込んじゃうくらいだった。
そんな事もあってかお互いケンカもほとんどなく本当に仲良く楽しく暮らしていた。
結構妹に甘くて、いつも何か頼み事されたら断り切れないでそれを聞いてしまう。
例えば、苺のショートケーキがおやつに出たら、出た瞬間にはもう妹が顔で合図してくる。
俺も馴れたものでそれだけで「はいはい・・・・・・」って感じで聞いてしまう。
そしたら妹は、たった一つの苺で大はしゃぎする。あれを見たら苺の一つや二つなんかまじで安いもんだって思った。
本当にそんな何でもない日々を過ごしていた。
でもさ、現実なんて本当にもろいもんだった・・・・・・。

俺が高校2年生の時だった。
その日の朝もいつもと変わらない朝のはずだった。
いつもの目覚ましで起きて、いつもの制服に着替えて、いつもの道を通って学校に行く。
そんな何でもない日だったはずなのに、朝起きたら両親がやたらと騒いでいた。
朝からうるせぇなぁとか思いながら両親が騒いでる居間に行くとそこで顔面蒼白の妹が横になって呻いていた。
今までの熱とは明らかに違うような感じで、もう誰が見てもわかるくらいに
「苦しい・・・・・・辛い・・・・・・」って顔だった。
さすがに俺もびびって、すぐ妹に話しかけた。
そしたら、本当は苦しいはずなのに「いつもの熱だから大丈夫だよ。」って笑って言った。
そんなわけ絶対になかったのに・・・・・・。
親父が救急車を呼んですぐ病院に直行、すぐ集中治療室に運ばれた。
ドラマとかであるだろ?集中治療室の前で待ってる場面とか。
俺もよく見たけどあの時は本当に気が狂いそうになった。
次から次へと嫌なことばかり考えてしまう。本当に生き地獄だった。
その日の手術は無事終わったが話によるとこれからもあと何回か手術を受けなければいけないらしい。
もちろん妹はそのまま入院。
退院の日にちを教えて貰うなんて甘い状況ではなかった。
次の手術の心配をしなければいけない状況だった。

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俺は、なにがあってもお前を殴ったり痛めつけるようなことはしない!

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481: 素敵な旦那様 2005/05/25(水) 18:26:39
ジーンとしないと思うけど

嫁さんとまだ付き合ってたころ、
俺が冗談で嫁の頭をはたいたり、俺が自分の髪を触ろうと頭に手を持っていくときなど
嫁が異様に「ビクッ」と反応する。
おかしいなと思ってたら、やはり幼少時に父親から虐待されていたようだ・・・
親と離れて数年経つのに(嫁は一人暮らしだった)身体は覚えてるみたいで、何か身に危険を感じると身体が反応してサッと避けるみたい。

嫁が子供のとき、普通にテレビを見てるだけでも
父親の機嫌が悪いと、顔面に蹴りを入れられたりしてたそうだ・・・orz
酒を飲んで暴れて、タバコの火を目の前に突きつけてきて「もっと泣け!」と笑っていたそうだ・・
俺は直ぐにでもその馬鹿親父を殴りに行きたかったけど、住んでるところも分からないって・・
(生活保護受けてて病気で死ぬのを待ってる状態らしいが・・・)

「俺は、なにがあってもお前を殴ったり痛めつけるようなことはしない!絶対にしない!俺を信じてくれ」と何度も言った。
「もういいよ」という嫁に
「一緒になろう、結婚しよう!俺が一生守るから・・何も怯えることのない幸せな生活をしよう!!!!!!」と叫んだw
嫁は大泣き、俺も鼻水と涙で前が見えず・・・

今は幸せだと思う、うちの嫁・・・たぶんw

嫁が笑いながら「貧乏生活も最近は楽しめてきたよ」って・・・

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487: 素敵な旦那様 2005/05/26(木) 18:48:56
俺の話で申し訳ないのですが・・

結婚したのは4年前 当時商売をはじめたばかりの俺は
当然稼ぎも悪く一ヶ月の売上が8万円とか10万円ばかりでした。
商売を辞めようとも思ったが
お店をはじめるときにかかった500万円を考えると
簡単には辞めれませんでした。

嫁は会社員でしたがアパート代・光熱費・保険等を支払うと食費すらなく
実家から米・野菜をもらってなんとか食いつないでいました。

あまりの苦しさにバイトをはじめました。
朝4時~朝8時まで運送会社の倉庫で仕分けのバイト
朝9時~夜8時まで自分の商売。1年間で1日も休むことなく毎日続けました。

1年と3ヶ月くらいだったかなバイト先で倒れてしまいました。
過労によるものでした。救急車に運ばれましたが入院費もなく すぐに病院を出ました。

家で寝てるだけの休養生活・・
焦れば焦るほど何にもできませんでした。

そんなときに嫁が笑いながら「貧乏生活も最近は楽しめてきたよ」って一言
俺は「ゴメンゴメン」と泣きながら手をとって謝っていました。

今はというと商売もなんとか軌道に乗り 嫁も会社を辞めて商売を手伝ってもらっています。
あのとき嫁が怒ることなく励ましてくれ文句も言わずに俺についてきてくれたことを
ほんとに感謝しています。
「嫁よありがとー」と言いたいがなかなか言えませんね。

ああ文章書くの下手すぎ _| ̄|○


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父の記憶

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619: 素敵な旦那様 2005/07/04(月) 02:58:00
73 名前:Miss名無しさん[sage] 投稿日:2005/07/04(月) 02:02:42 ID:2fao/s5S
>>72
それ食べたい~。


今日あったいいこと。

ちょっと長くなりますが。
私は小5の時に事故にあいました。
運転席にいた父は即死だったそうです。
後ろの席で眠っていた私は、腰椎を部分的に損傷し、杖なしでは歩けない体になりました。
そして、その事故の影響か事故前の小さい頃の記憶と事故後数年の記憶が不鮮明で、特に父に関する記憶がほとんどありませんでした。

今日、偶然彼の家に遊びにいっていて、二人で一緒に「スターウォーズ」をみていました。
小さい頃に見たことあったような漠然とした記憶はあったものの、内容はほとんど覚えてない映画だった。
彼の隣に座って見ていると、突然、ある光景を思い出して涙が止まらなくなった。
それはまだ私が小学校の低学年(2年生くらい?)で、父の膝に座り一緒に、多分、洋画劇場かな?テレビでスターウォーズを見ているという光景。
記憶のなかの父は、とても優しかった。
まだ幼くて、設定なんかが理解できない(帝国軍とかジェダイとか)私に、父がひとつひとつやさしく説明してくれていた。
「あぁ、お父さんってすごく優しかったんだ・・・」
そう思うと涙が止まらなくなった。
彼はスターウォーズをみて泣いてると思ったのか、困った顔をしながら私にタオルを貸してくれた。

写真をみても、お墓にいっても存在すらほとんど覚えていなくて、実感が湧かなかったけれど、今日初めて「父の暖かさ」というものを感じることができた。
すごくすごく嬉しかった。

長くて読み難い文章でスミマセン。
でも、もしこれ読んでる人でお父さんがまだ生きてくれている人がいたら、大切にしてあげてください。
私は、もう二度と会うことも優しい言葉をかけることもできないから。

俺にとってのオヤジというのは、実のオヤジじゃなく叔父だった

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596: 素敵な旦那様 2005/06/26(日) 14:35:24
チラシの裏にしてすまんが。

俺の両親は小さい頃からケンカが多かった。
オヤジが酒を飲むと暴れて、俺や妹弟やお袋を殴りつける。
その度に、近くに住む叔父が助けにきてくれたり、叔父宅に避難したりした。
叔父夫婦は子供がおらず、俺や妹や弟を実の子供のように大切にしてくれた。
そして、俺に「お前のオヤジはあーいうやつだからお前は大変だろうが、長男なんだから、妹と弟はお前が守ってやれ」と言っていた。
俺はオヤジから教わらなかったことを叔父からたくさん教わった。
俺にとってのオヤジというのは、実のオヤジじゃなく叔父だった。
父の日にオヤジではなく叔父の顔を書いて、それがオヤジにばれて鼻の骨が折れるほど殴られたこともあった。
それでも叔父を慕っていた。
アル中で入院し、一時大人しくなった時期もあったが、それでもオヤジの暴力は止むことはなかった
俺が25歳の時、7歳年上の彼女を連れて帰り「彼女と結婚したい」といった時酒に酔いながら「そんなババァと結婚するのは許さん」と年齢だけで反対したオヤジを説得してくれたのも叔父だ。
「お前の息子が一緒の伴侶として選んだ人なんだから、認めてやれ」と何日もかけて説得してくれた。
披露宴の二日前、父が飲酒して病院へ運ばれ、式に出られなくなった時、オヤジ代わりとして出てくれたのも叔父だった。
披露宴の日、俺に内緒で彼女の控え室へいき、こう言ったらしい。
「あいつは小さい頃から決して幸せとはいえない家庭で育った。だから、その分これからあいつには幸せになって欲しい。どうかあいつをよろしくお願いします。あいつと二人で幸せな家庭を築いてください」
そう言うと、深々と頭を下げた。
そして再び顔をあげたときには、両目から大粒の涙があふれていたそうだ。

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久しぶりに、懐かしい食事の味でしたよ

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523: 素敵な旦那様 2005/06/01(水) 16:21:16
これは自分の話じゃないんだが

70歳の医者が、3年前に奥さんを亡くした。

『いやー、この前冷蔵庫のなかの掃除したら、冷凍のカレーが出てきたんですよ。
家内が昔作ったやつ。びっくりしちゃった。』

『え、そりゃ、もちろん食べましたよ。ちょっと冷蔵庫の特有のにおいがしましたけど。
久しぶりに、懐かしい食事の味でしたよ。』

わたしはそれを、サラッといいのけた先生に感動したのでした。

3年前俺は事故で完全に盲目になった

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538: 素敵な旦那様 2005/06/14(火) 13:17:44
1 名前: 恋する名無しさん 投稿日: 2005/06/03(金) 14:37:31
3年前俺は事故で完全に盲目になった
当時付き合っていた彼女は、普段は俺が大好きだとか愛してるとかそればかり言っていたくせに
俺が目が見えなくなってしまってから手のひらを返したようにいなくなった
結婚までしようと俺は考えていたので本当にショックだった。俺はその程度だったのかと
それからの生活は一変し、気づけば周りの人達は俺から離れていなくなっていた
はじめは暗闇の中での生活に恐怖を感じていたので周りに気を向けるヒマもなかった
気づいたころには友人とも付き合いはなくなり、
元々仲がいいわけではなかった兄もしょうがなく面倒を見てるといった感じ
そもそもこの事故は前彼女を庇った時に巻き込まれて失明したので、いなくなった前彼女に怒りや憎しみを覚えることすらあった
今思えばその頃は怒りを向けることで一時的にでも自分のことから逃れられていたのでそれが楽だったのかもしれない
しかししばらく時がたつとそれすらも億劫になるようになり、毎日ボーっとするだけの日々をすごすようになった
何かをやろうとしても目が見えないのだから何もすることが出来ない
一人では何ひとつできることがないのある
何度も死んじゃおっか…とも思った
けれどそんな俺にも2人だけ頼れる友人がいた
中学時代からの本当の親友A(男)とB(女)
嫌なことも楽しかったことも色々あったが、目が見えない中そいつらとの楽しかった日々の思い出だけがいつまでも焼きついて離れない

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